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 3年生の最後に森鴎外「舞姫」をやりました。私の勤めている学校は3年前に共学化したばかりで、今回は共学クラスでの初めての「舞姫」でした。(あまり授業日数がなくただあらすじを追うだけの駆け足の授業でした。)最初はあまり関心なさそうにしていたのですが、豊太郎が相沢にエリスと別れると約束してしまった辺りから、耳を傾け始めた生徒が増えて、そして結末でエリスが発狂し、お腹に子供を残したまま豊太郎が帰国するくだりになると、女子の表情がみるみる硬くなっていくのがわかります。そして「ひどーい」という声が少なからずあがりました。本当ならば、ここで男子と女子と意見を訊いて討論でもさせると面白かったかもしれませんが、時間がなかったのでそれで終わらざるをえなかったのが残念でした。高校生の女子と「舞姫」をやったのははじめてだだったのですが、その予想以上に正直な反応と、こっちもちょっとたじろいでしまうほどの反応の勢いにはおどろきました。

 ところでこの教科書(教育出版)の指導書には、「舞姫」の「主題例」として「自我の確立の困難さや恋愛の不可能性を、人間の宿命として深く考えさせる作品である。」と書いてあります。そして「作品研究」の結びにはこのように記されています。「豊太郎が手記を書いたのは《失恋》の痛手を癒すためではなかった。むしろ、自らの不純さゆえに失われた純粋な《恋愛》の効果そのものであったと言えよう。何を指しても消すことのできぬ「恨み」は、欠如としてあらわになった純粋な《恋愛》の痕跡である。/《恋愛》の挫折によってのみ、《恋愛》は《恋愛》たりうる。我々は挫折によってのみ、純粋に世界と関係しうるのである。」 

 「教材のねらい」では「人間というものを存在論的に探求しようとうる姿勢の中で『舞姫』のテーマを捉え直した時、本作品はさらに切実な現実性を持って現代の生徒たちに迫ってくるのである。」とあり、この点では非常に共感と期待を持ちました。でも論文ならいっこうに構いませんが、指導書でこのような難解な文章は困ってしまいます。この指導書の執筆者は「誰しも純粋な恋愛を求めるが、それは不可能であって、恋愛の挫折によって人間は現実に目覚め、大人になっていくんだ」と言いたいのでしょうか。それならばこんな難解な表現で書く必要はないし、もしそうでないとしたら、読み取れない教員の力不足だと言われるのは仕方ありませんが、でも執筆者の意図が生徒にも伝わらないわけで、それは指導書としては問題があろうと思います。

 ところでこの執筆者を批判することが直接の目的ではありません。(もう一つ「恋愛」なんて言葉や概念の問題を、今の高校生にストレートに投げかけることにどれだけ意味があるのかという疑問もありますが)そういうことよりも、大切な問題は、この執筆者の読みの中にあの女子生徒の「ひどーい」という言葉は、どこにも入っていきようがないということです。生徒の中には、最後の相沢謙吉への「一点の恨み」についても、「なんだかんだ言ってもこいつ人に責任なすりつけているだけで、自分が優柔不断だったことが悪いんじゃん」と言った生徒もいました。しかし近年「羅生門」をはじめ「読みの多様性」なんてことが言われながら、しかしこういう素朴な倫理的批判はほとんどの指導書のなかから排除されているのです。

 以前新しい非常勤の先生を募集したときに、面接に見えた女性に同僚が「舞姫」の結末についてどう思いますか、と質問したところ、その女性は「高校のときにはエリスに同情したけど、今はエリスが弱かったので仕方ないと思う」というようなことを言われました。たとえば女性解放の視点からしたら、豊太郎こそ糾弾の対象であるはずです。そのとき彼女にとっての4年間の文学研究の意味とは何だったのかと思った記憶があります。

 このように「舞姫」を読んで、素朴に太田豊太郎がしたことはひどいと思う、という感想は、今の文学研究や文学教育のどこがきちんと受け止めてくれるのでしょう。これはブログで前田先生が芥川問題として提起されたことで、また先生が既に「羅生門」論や「舞姫」論などでも指摘されていることでもあります。私もブログで「羅生門」や「鼻」について書きましたが、このように文学のなかから政治や倫理的価値を排除するという文学研究や教育のあり方は、生徒の素朴であるけど、しかし重要な倫理的な判断を正面から受け止めよう、考えようとしないのです。文学は政治や倫理的価値では測れないものだというのはいいのですが、そのことが研究者自身に意味を持つだけで、学問や教育の現場から文学の存在意義を失わせることになっていると思います。(高口)
 

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