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 「私」や次兄たちの乗った荷馬車が爆心地に近づいていくとき、偶然甥の文彦の遺体を見つけます。「見憶えのあるずぼんに、まぎれもないバンド」で文彦だと判別がついたのですが、「投出した両手の指は固く、内側に握り締め、爪が食込んでい」るその様は即死だったことを物語っています。
 それを不気味な予兆として、さらに「目抜き」を通るとそこに見えたのは「銀色の虚無の広がり」、あるいは「精密巧緻な方法で実現された新地獄」と表現される「すべて人間的なもの」が「抹殺され」た廃墟でした。
 詩に表現された「スベテアッタコトカ アリエタコトナノカ/パット剥ギトッテシマッタ アトノセカイ」と表現される、いまだかつて見たこともないこの「銀色の虚無」への驚愕はもはやリアリズムでは表現できません。そこで「この辺の印象は、どうも片仮名で描きなぐる方が応わしいようだ」と、「ギラギラノ破片ヤ」で始まるあの有名な片仮名の詩が挿入されます。
 ここで「私」が必死にもがきながら表現しようとしている「新地獄」を目の当たりにした想像を絶する驚きは、もはや原爆の悲惨さを映像や語りで十分知ってしまった私たちにとって逆にわかりにくいものになっています。だから生徒にとっても、悲惨ではあるが「私」の衝撃はあまりリアリティを持ったものとして今日の読者には伝わってこないのではないかと思います。(実は私はこの点、この「私」の衝撃をリアリティをもって受け止めることのできない私たちを知らないうちに呪縛する読みのコードが問題だと思うのですが、これについては後で考えたいと思います。)

 「私」の衝撃は、この兵器が人間世界を一瞬にして廃墟にしてしまったということでした。最後の妻の行方を広島の街中を探し回るNの話で比喩的に語られているように、おびただしい人間の死の果てに、さらに「廃墟にて」でさらに展開されるように人間が消滅していまったのです。
 それまでの日本人にとって戦争の悲惨とは、招集された兵士が国外の戦場に連れて行かれ戦って死ぬことでした。今日の私たちは空襲や原爆を戦争での当たり前の現実として何も疑問に思っていませんが、国内が戦場になり非戦闘員が無差別に殺されることなど想定外のことだったはずです。(もちろん防空関係の書物はアメリカとの開戦以降増えて行くようですがリアリティはあまりなかったでしょう。)「夏の花」では「私」が被災した場を目の当たりにしながら子供の頃の思い出の光景を思い出す箇所がありますが、それは眼前の「破壊」を受け入れられないからでした。
 日本「本土」で生活する人々にとって、戦争の質が一挙に転換したのは1945年3月の硫黄島の日本守備隊の全滅、そして東京大空襲でしょう。これによって「本土」で生活する人々にとって生活の場が戦場になる可能性が現実のものとなったとともに命の保障が失われたわけです。

 いつかわからない滅亡に向けて、それをただじっと息をひそめて待つしかない――それが、この作品冒頭を支配していた「崩壊」の予感でした。そしてそれが8月6日、ついに現実のものとなったわけですが、「私」はこの3日間を通し、そして図らずも爆心地を目の当たりにすることによって、そこを「新地獄」と喩えたように、人間を、そして人間世界を一瞬のうちに消滅させてしまう、それまでの空襲とは違う想像を絶する暴力だったことを知るわけです。
 私たちは原爆後に生まれた人間であるため、ある意味で鈍感になっていますが、それまで戦争と言うのは、クラウゼビッツが「戦争は政治の延長の手段」と述べたように、政治的目的が達成されればそれで戦争は終結したはずでした。ところが「私」の見た光景は、それはもう「戦争」とも言えないかもしれない、相手そのものを世界から抹殺してしまう「究極の暴力」だったのです。
 作品内現在の「私」はそれがまだ「原爆」ということを知りません。だからそれは分節化されえない「究極の暴力」であり、だからそれは詩という比喩でしか表現できなかったと言えるでしょう。ところで戦後の私たちは、それを「原爆」と名付け、さらにはそれを「日本の戦争を終わらせるためには仕方なかった」と「政治の延長」神話によって意味づけることによって、その「究極の暴力」を隠蔽してきたのでした。だから「夏の花」の意味は、「私」のルポルタージュの視点によって、戦後の政治の中で分節化=隠蔽化される以前の「究極の暴力」を捉え得たところにあると言えるでしょう。(続く)
(高口)



 

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