この夏はあまり暑いので家のなかにこもりっぱなしでした。ただしつれあいが夕方まで仕事で出ているので、子供の手前だらだらも出来ず、昼間は主夫として結構規則正しい生活を送りました。(仕方なく、ですが)
8月の17、18日は、熱海で日文教近代部会の合宿がありました。中村亮さんの泉鏡花の「草迷宮」、鈴木正和さんの大庭みな子の「火草」についての報告と議論でした。合宿は地方に行った人たちが久々に顔を合わせる同窓会のようなもので、前田先生ともお会いしました。活発な議論が展開し楽しい二日間でした。後藤さん、綾目さんともお会いできるかなと楽しみにしていたのですが残念でした。
その4日後の22日が学校行事の富士登山でした。今年は晴れていい景色を眺めながら登ることができました。遅れた生徒の世話で大変な部分もありましたが、ゆっくりだったので体力的にはずいぶん楽に登ることができました。ただ今年は雨が降らないせいで地面が乾いていて、砂埃がひどかったのにはまいりました。紫外線も強く、帰ってきて顔の皮が一枚むけてしまいました。(ただむけたのではなくて本当に一枚むけるという感じです)
この夏は前にも書いたように、ビデオやDVDで映画を見まくりました。なんとなく以前録画していた黒沢明の「用心棒」を見たら、チャンバラ映画の贅沢な作り方に改めて驚いて、黒沢明に今更興味をもった次第です。黒沢の映画を見ていて興味深く思ったのは、映像が語っていることと、ストーリーやセリフが語っていることとが分裂していると感じることが多く見受けられるところでした。「影武者」では長篠の合戦で河原に横たわる人馬の屍を描き、権力の虚しさ、戦争の残酷さを強調しながらも、しかし他方では幾度となく出てくる武田の騎馬隊の整然とした進軍の映像には明らかにヒロイックに美しく撮ろうという意図が見て取れます。暴力や権力に対して批判的なメッセージを物語のなかで発しながら、映像の語る暴力や権力の存在感が思わず観る者を引きつけてしまうということが黒沢の映画にはあります。(「七人の侍」や「用心棒」などは弱者のための暴力、正義の暴力ということで、暴力は肯定的に存分に描かれますよね。そういうところが映像の斬新さと相まって、「正義の国」アメリカで評価される要因があるのかとも思います)
また「酔いどれ天使」などは、志村喬演じる医者真田が主人公のはずです。物語としては結核とヤクザを古い日本の比喩として、これからの戦後日本では〈理性〉がそれらを葬り去るのだと主人公が謳いあげているものの、しかし映画のなかで一番存在感をもっているのは若いヤクザ松永の三船敏郎です。その死にざまが非常に叙情的に撮られているように、明らかに黒沢は善悪に関係なく若いヤクザ松永の存在に惹かれているのです。映画はおそらく最初の構想にあった思想とは別のものを語っていて、むしろ最後の真田のセリフが場違いのようなかたちで分裂したまま物語は閉じられます。
文学が基本的には文字だけでメッセージを伝えるのに、映画は集団製作ということもあり、映像、シナリオ、演技など複数のメッセージ媒体を持っていて、複数の〈語り〉によって作品世界が成り立っているということが黒沢の映画を見るとよくわかります。もちろん文学作品も単線的な語りによって成り立っているわけではありませんが。
黒沢はプロレタリア芸術運動出身だけに予定調和的な通俗性も否定しないし、しかしドストエフスキーやゴーリキー、シェイクスピアの世界を意欲的に持ち込んできたり、社会派でもあるように、予定調和的なものには収まらない世界観も持っています。弱者に対する限りない共感を持つとともに、権力に対する憧憬ももっている。いまは思いついたまま書いていますが、ともかく黒沢明の面白さは、黒沢明自身、黒沢映画はそういう分裂や矛盾を抱え込んでいて、その分裂が映画のなかに複数のメッセージとして対立しながら、それを監督が強引に作品を破綻させずに一つの世界として完結させているところです。それが作品世界に奥行きを与えていて、その猥雑な世界がとても面白いと思いました。ただしバランスが崩れて、観念に引きずられると説教臭くなったり(昔見た「生きる」はそんな印象があります。もう一度見直すと違うかもしれませんが)、複数のメッセージを統御する力が弱るとどこに焦点があるのかよくわからない「影武者」のようになったりする危険性もあるのだと思います。
映画批評のまねごとみたいな文章を書いてしまいました。別にカルスタに進出しようということではないです。この夏と言ったら参院選のことかと思いましたがちょっと文章にまとめるにはしんどいです。(合宿で前田先生が書かれるとおっしゃっていたので期待しています)まあ黒沢ファンや映画ファンならもっと熱く丁寧かつ詳細に語るのでしょうが、この夏は暑すぎて思い出を残すということもなかったので、この夏の唯一自分のなかで充実した黒沢体験のまとめということでこんなものを書いてみました。 (高口)]]>
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